物件見学・運命のマンションと出会う

付き合っている彼と同棲をすることが決まり、物件情報を集める私たち。と言っても私は超がつく面倒くさがりなので、彼がほとんどインターネットで情報収集をしてくれた。

そして、物件見学の日。不動産屋さんと、目星をつけた物件を回った。第4希望まで出していた私たち。1件目は、思っていたより狭く、2件目は、思っていたより古く、、3件目の第一希望に至っては、鍵が開かないというまさかのトラブル発生で、見学できなかった。

そして肩を落として向かった最後の4件目、あまり期待していなかった第3希望に‥私たちは一目惚れ!オシャレなレンガ張りの壁に、ピカピカのシンク。

ゆったりしたバスルーム、日当たりのいいベランダ。多少の部屋の小ささは気にならない、綺麗さだった。ここに住みたい!と、私たちは意見が完全に一致。

次の日には不動産会社に電話をして、私たちのお家は決まった。

そしていざ、手続きをしに不動産屋へ。部屋を借りる、という大きな手続きに、まだ20代の私と彼は緊張でガチガチだった。

契約書には世帯主として彼の名前、そして同居人として私の名前を書いた。まだプロポーズもされていないけど、契約者との関係を書く欄には、「婚約者と書いてください」と不動産の人に言われ、ドキドキしたのがいい思い出。

あれから2年。いよいよ二人の関係性も進展し、次はマンションに住みたいね、と話している。ペットOKな所で猫を飼いながら、広ーいリビングにゆったりソファを置いてくつろいで、大きなダブルベットで寝たいよね、なんて。

いつか今のこの小さな部屋から離れたら、無理やり二人で寝てるシングルベットとか、通学路に面してるせいでちょっと騒がしく感じた背の低い小学生の声とかがなくなるから、少し寂しい感じもするけれど、、。

いつか生まれる子供のためにも、広いマンションに住めたらいいな、と夢見ています。

こどもが出来たのをきっかけに、マンション購入

家賃6万3千円の賃貸1LDK。それが私達家族の住まい。夫と私と娘の3人家族には充分な間取りだったんだけど、もう一人家族が増えることになって。

性別が男の子だって分かった時、もっと広い家に引っ越そうって決めたの。子どもたちが大きくなった時、いくら姉弟でも、別々の部屋じゃないと嫌かなぁって思って。

近所にマンションが何棟か建築中だったし、ちょうどチラシがよく入っていたから見学をしに行くことに。始めは新築マンションのモデルルームが家具つきで売りに出ていたから、そこを見学に。良質の睡眠

3LDKで‘’蔵‘’という、独自の収納スペースがあって、面白い間取り。だけどベランダ側が山に面していて日当たりがイマイチ。

近くにドラッグストアがあるし、赤ちゃんが生まれたら便利なことは間違いないんだけど、他のところも見てみたかったから一旦帰宅。次は建築中のマンションのモデルルームへ。

まだ実物は見られなかったけど、不動産会社の方の話を聞く限りでは、全戸南向き、セキュリティ会社付き。

カタログで間取りをみせて貰うと、私の理想に近い3LDKのお部屋を発見。購入金額も予算以内だったから、資料をいただいて検討することに。

私達夫婦だけで決められることじゃなかったから、お互いの両親にも相談。そうしたら、間取りだけではなく、周辺の環境や朝と夕の道路の混み具合、朝と夜で周りに危なそうなところはないかを見るようにアドバイスを貰って。

子どものためにマイホームを購入するのだから、安全性と子育て環境を一番に考えて決めることに。はじめに見た所は、大きな病院が近くにあるんだけど何故か周りに街灯が少なくて、夕方から何だか怪しい雰囲気。

朝は通勤ラッシュで道は渋滞。後に見た所は保育所、幼稚園、公園が近くにあって、街灯も沢山で夜でも明るい。

新興住宅地で同じように子育て世代が多い。そしてなにより小児救急病院が同じ通りにあったの。

始めに見た所はモデルルームで他の人が出入りしていたから、家具家電付きで売りますよ、と言ってくれたんだけど、‘’同じ価格をお支払するなら、新しくて環境の良い、後で見たマンションが良いな‘’と思っていたら夫も同じ考えだったみたいで、そこを購入することに。

日に日に大きくなっていくお腹を抱えての物件探しや引っ越しはとても大変だったけど、今はとても良いところに住めて大満足しているよ。

みんなももしマイホームを考えることがあったら、どうしてマイホームが欲しいと思ったのかを一番に考えて物件選びをすることをオススメします。

老後以降の終の住処となる不動産を購入したい

私は若い頃から漠然とした目標がありました。

老後は自分の好きな場所に家を買って、そこで生活したいということです。

実家は親が選んで住んだ場所なので、必ずしも自分も気にいるとは限りません。

また、私は家を出る立場なので、最初から実感暮らしは考えていませんでした。

老後になるまではいろいろな所で生活をして、自分のお気に入りの場所を見つけて行くというのが目的で生活しようと思っています。太れないつらさ

必ずしも住んでいなくても、職場や学校、または旅行などでその街を知っていくことで、様々な場所の雰囲気がわかってきます。

老後までは仮の住まいになってしまいますが、やはり終の棲家は自分の一番しっくりくる場所にしたいと思っています。

そのためには場所探しと同時に資金を貯めて行く必要があります。

私が以前住んでいた場所は、閑静な住宅街でありながら、田んぼや畑が多く、自然に恵まれた場所でした。

さらに近くにショッピングエリアがあり、かなり快適な生活環境でした。

理想なそういった場所で生活したいと思っています。

山里の古民家暮らしもよさそうな気がしますが、家のメンテナンスが大変そうです。

具体的な家の理想はこれからじっくりと考えて行こうと思います。

また、古い家屋だと地震が来た時に崩壊してしまいます。

日本は地震大国で、どこに住んでいても、いつ大きな地震に逢うかもしれません。

海の近くならば、新鮮な魚介類が安く手に入りそうですが、非常に風が強いのと、やはり地震が来た時の津波が怖いです。

日本国内に限定する必要もないので、海外も視野に入れて行こうと思っています。

自分が好きな街というのは、理屈ではなく、感覚のようなもので決まるような気がします。

老後になった頃、自分の考えも今とは違ってきているかもしれません。

好みも年齢とともに変わるものもあり、楽しみながら少しずつ不動産を検討していこうと思います。

不動産を副業にして本業より稼ぐ男

ジムで知りあった子の話です。

20代の男の子なんですが、この子がすごい。不動産を経営して、かなり稼いでるんです。
といっても、本業は印刷会社の営業マン。給料が悪くて食っていけないくらいだそうで。
そのためではないそうなんですけど、副業をしてるんですね。それが不動産経営。

サラリーマンとしての年収が300万切ってるらしんですが、副業の方がもうかってるそうです。気になるムダ毛

「年末調整などどうしてるの?会社にバレても大丈夫なの?」と聞いてみたところ、会社には「親の税金対策で僕が管理してることになってる」と言ってOKもらってるらしいです。

賢いですね。見習っていっちょ私もやってみるか!って気分になります。

最初は、親の相続で小さい平屋を手に入れたものの、もてあましていたそうなんです。
売ろうとして不動産屋で聞いた売値の相場では、100万円もせず、売れるかもわからないと言われたそうです。

田舎で大きい駅からも遠く、木造平屋の15坪ですから、そんなものでしょう。
売っても雀の涙、売るにも登記手続きでお金がかかる。しかも税金もかかる。

ですが、彼はルート営業をしていたおかげでその辺りの住環境がよくわかっていたんですね。
近所に小さい公立大学があったんです。まわりは学生アパートが多かったそうです。
その平屋を、ワンルームの学生アパートよりも安い金額で賃貸に出せば、絶対学生が借りる!と思ったそうです。

50万くらい資金投入し、自力&バイトしてくれる工務店勤めの子による週末工事で2ヶ月かけてリフォーム。

そこそこ見栄えがよくなったところでSNSに「借りる人いないかな」とアップしたら、すぐに借り手がついたそうです。

ワンルームの相場が6万円のところ、2LDKでトイレバス別で同じ値段ですからお得ですよね。
そんなふうにして、2年で初期投資費用が回収できた彼は味をしめ、安い物件を買っては同じようにしていったらしいです。

現在、物件は6軒まで増え、登記も自分でできるようになったのでより大きな物件に手を出そうとしているそうです。

バイタリティがすごいですよね。よく面倒に思わずにやっているなあと感心するばかりです。

私も彼の行動を見習い、民泊ビジネスの調査をしています。

民泊ビジネスといえばエアビーアンドビーが有名ですが、今ではエアビーアンドビーのセミナーが多く開催されています。

私も空き家スイッチでエアビーアンドビーについて知ったのですが、みなさんはエアビーアンドビーを活用した民泊ビジネスをご存でしょうか?

不動産売却はやっぱり大変だった

一生のうちに不動産売買に関わることは、数えるくらいかなとは思う。けれど、そんな風に考える私にも、この度2度目の機会がやってきた。自宅のマンションを売却する決心をしたのだ。

しかし不動産については素人の私、売却するとなると、仲介、買取りという二つの選択にまず迷ってしまった。気になる手汗

仲介は正直気乗りがしなかった。現在進行形で住んでいる我が家を人様に見ていただくということに抵抗があったし、その為に常に家を綺麗に保つこと、家を見たいという予約が入れば、自分の時間を融通しなくてはならないことがとても負担に思えたからだ。

特に体調を崩して通院していたこともあり、とてつもないエネルギーを必要とするのではと、不安な気持ちになった。

当初は世間知らずなこともあり、不動産業者に買取りをしてもらうのが一番良いのではないかと思っていた。

余計な負担もなく、売却もスムーズに運ぶと簡単に考えていたからだ。郵便ポストに入っている不動産業者のチラシには、買取りもしますと書かれていることがあり、具体的なことは記載されていなかった。自分に都合の良いように解釈していたが、本当に甘かった。

いざ、業者を呼んで買取り価格を聞くとがく然とした。住宅ローンの残金を完済することもできず、借金が残ってしまう金額だった。

後でネットで調べて反省した。業者の買取りはかなり安い金額になってしまうことを改めて知った。

業者が売り出す為にはフルでリフォームを入れる為、コストがかかってしまうかららしいが…。皆が大変でも仲介を選ぶのは、そういう理由だったのかと今更ながら納得した。どうやら悩むまでもなく、選択肢はなかったようだ。

結局仲介で売りに出すことにした私。もう、全てを仕事だと割りきって頑張ってみようと思った。正直費やしたエネルギーは大きかった。

えっと思うことや、プライドが傷つくこともあった。収納まで開けて見せなくてはならず、恥ずかしい思いをしたこともあった。

そういうことがある度に、掃除や片付けにエネルギーを注いだ。それなりの年数のたったマンションだったので、難有な部分もあり、来る人来る人にその説明もした。

幸いなことに、売り出して一週間程で買い手が現れた。しかし、ここでも条件等の話で相手方とトラブル発生。

私にとっては寝耳に水的なことで、正直マンション売却自体を止めてしまいたくなることもあった。…けれど、契約後改めて振り返ると、売却金額は買取りで提示された金額より500万円以上高い金額だった。

仲介を決めた時は、希望の価格で物件が売れる保証もなく不安が募ったものだが、結局場所の良さに助けられ、たくさんの人が見に来てくれた。

やはり世の中甘くはなかったけれど、苦労したなりの結果が出たことを思うと、やはり仲介にして良かったと思う今日この頃である。

築36年の大きな我が家

私の悩みは、築36年の一戸建ての我が家を今後どうするか?ということ。

今、私の住んでいるこの家は、今は亡き私の父が建てた家です。

当時としては、立派な大きな家でしたが、今となっては大きすぎる我が家。
何度か大きなリフォームを繰り返しながら、今は私と夫、私の母の3人で住んでいます。
依然は私の両親、子どもたちの6人家族。愛犬もおりました。妊活も順調

でも今は、母も体調が思わしくなく入退院を繰り返していますので、実質夫と二人暮らし。
正直なところ、ちょっと広すぎるなぁ。と古くて大きな家を持て余し気味です。

使わない部屋だって掃除は必要ですし、大きな庭があったらあったでお手入れは必要ですから。
外壁なども傷んできますし、その都度、専門の業者に依頼するとなればお金も必要です。
ついこの間も庭の松の木のお手入れを庭師さんに依頼したら、5万円もかかってしまいました。
父が大切にしてきた松とはいえ、ため息。。

ただ、この家があったからこそ決して多いとは言えない夫のお給料でも、二人の子どもを大学までやることができました。
夫が定年退職しても住むところがあるというのは、それだけでも安心です。
その点では、亡き父にもこの家にも感謝をしています。

ただ、問題は私達夫婦がいなくなってしまった後のことです。娘二人は県外に嫁いでいますし、おそらくこの家に住むことはないでしょう。

大きな家ですので更地にするにしても費用がかかります。固定資産税だって馬鹿にはできません。かといって、売れる家かと言われるとそこは首をかしげてしまいます。
買って下さる方がおられれば、それに越したことはないのですが。。

娘達の負の遺産となってしまわないように、それ相応の蓄えをしておかなくてはと夫ともよく話しています。
その為には、あまり積極的にリフォームなどして不要なお金はかけないようにしなくては。。

これからも、掃除やお手入れは大変ですが、感謝を忘れずに大切に住んでいきたいと思っています。

母子家庭の塾通いはきつかった

私の娘は現在高校2年生になりました。

早いものでもうここまできましたと言うのが本音でしょうか。
娘は決して頭がいい子ではなく、丁度私が離婚して間もなくでしょうか自分から塾に行きたいと言い始めました。
娘自身危機感を募らせたのでしょうね、私は大丈夫かな?と不安でしたが通う為に一つ条件を出しました。茨城県離婚

どんなに遅く帰宅しようとあなたのお手伝いをする事はないよ、塾から帰ってきてからきちんと出来ると約束出来るのであれば塾へ通う事を認めてあげるけどどうするのか自分で判断しなさいと投げかけましたらやる!と言ったので私は応援しようと思いました。

いざ塾に入るのですが、私は月謝を月々支払う感覚でおりましたのでこれから先色んな事に費用が掛かるのを甘く見ておりました。

と言うのも夏季講習や冬季講習にテスト対策やテキストなどこれが月謝より何より大変な高額でありまして、母子家庭にはかなりの痛手です。

こんなにもぽんぽん出費するのかと驚いてしまうほどに出る出る状態でした。
塾に通わすのも大変なのだとここで悟るのです。

しかし途中で止めるのは娘にも失礼ですし一度決めた事は最後までやり通すと約束しましたから、私も頑張りました。
ここで役に立ったのが子供が生まれてきてからの小さな貯金です。
この貯蓄のお蔭で乗り越えられました。

塾に通うのは子供にとっても大変だったと思います。

私は送り迎えをほとんどしておりません、バスで通える場所にしたので自力で出来るだけするようにとここにも条件をだしました。

今のお母様方はそうされる方が多いと思いますが、私は朝出勤が早いので出来るだけ自分でして欲しいと思ったのと、夜のお手伝いを私がするのではなく娘にさせる事で忍耐力も養ってほしかったからです。

そのお蔭で精神力が強くなった気がします。

自分に与えられた仕事を途中で投げ出さない、自分の言った言葉を実行する事、言葉で言うのは簡単ですが実際出来るかは本人次第です。

私は高校へ無事合格した事よりも途中で投げ出さずに終えた事の方が嬉しかったですね。
これから社会に出る時この経験は必ず役立つと思うからです。

シングルマザーでお店をつぎました。

シングルマザーになって、数年間がたちました。もともと、実家が酒屋を経営していたため、結婚していたあいだは、地元をはなれて、都会にとついでおりましたが、離婚して、シングルマザーになってからは、実家にかえりました。埼玉県のシロアリ駆除

両親が、高齢のため、実家の酒屋の社長は、わたしがつぐことに、なりました。女経営しゃとして、お店をきりもりさはなければ、ならなくなりましたが、なにせ、従業員がわたしひとりだけでした。

子供を二人育てているため、常に、お店にいれるわけではなく、ほかに働いてくれるかたがひつようでした。兄弟はおらず、わたしは、ひとりっこです。そのため、お金の売り上げの計算など、経理をしてくださるかたをさがし、求人をだすことにしました。

求人をだしてから、何人か面接にきました。結局、採用枠として、検討した女性が、わたしと同い年のかたでした。わたしは、そのかたを採用いたしました。

仕事ないようは、販売兼経理です。わたしと同い年のかたが働きにきてくださることになり、とてもうれしかったです。そのかたがお店に働きくることなってからは、ひとりでお店をきりもりすることがなくなったため、わたし自身が楽になりましたし、はなし相手もできたので、明るい職場になりました。

結局、そのかたには、5年間、働いていただきました。五年間も、お店にいたので、家族とまではいかないけれど、従業員でしたが、友人のような、ふしぎな存在になりました。

プライベートにおいても、息子2人と、彼女をつれて、おでかけすることがよくありました。息子2人はまだ、3歳と4歳で、ちいさいですが、彼女には、かなりなついていてくれているため、わたし自身も安心できました。5年たち、お店をやめることになりましたが、今でも、友人です。

子どもの進路にむけての準備

結婚してすぐに、意外と浪費タイプの人かも。

と、相手に対し感じていました。
そのようなとき、妊娠がわかり何となく、これからの将来設計を立てなくては。と、思い立ったのが、きっかけでした。
相手とは一回りと一歩の年齢差がありましたので、結婚当初は自分と同い年とは異なり多少金銭的に、生活していくには余裕がありました。
ただ妊娠がわかった途端に、私の方が急に現実に目がむき、将来に対し経済的に不安を感じました。

自転車売却

妊娠後身の回りを見直し、結婚前に(舅夫婦と同居の為)相手が数年前に戸建てを購入していた家のローン。確認したところ、多額のローンを組んでおり、定年後も10年以上払う予定となっていた事。
姿形のない、物のローン。
前の車のローン。等々、多額のローンが判明。
まずは本人にこれからの子育てに、必要だからと小さなローンを、片づけるよう生活の見直しを徹底しました。
それでも長年の浪費グセが直るはずもなく、私が子どもの為と腹をくくり、給料から天引きされるよう、学資保険に加入しました。
後にこれが、大きな存在となりました。

学資保険を始めてすぐに、相手からお小遣いが足りない。飲み代が欲しい、
等々相変わらずの金銭感覚。
懲りないだろうと始めた、学資保険の天引き通帳を見せ納得させました。
その後離婚し、子ども名義だった為守られたお金になりました。
この教訓と、私の母からの子どもが小学生のうちに、片手分貯めるつもりで生活するようにと、アドバイスされました。
実際片手までは、貯まりませんでしたが近くまで頑張りました。小学生のうちは塾も無理せずに、でも通わせ基礎学力をしっかりとつけておくと、子どもの進路にも広がります。
学費は本当に一瞬で、消えてしまいます。
少々無理をしても、しっかりと貯める事をお薦めします。

シングルマザー2人の娘がいます。

シングルマザーは、仕事、家事、子供の学校の行事や、子供のスポーツのクラブの送迎や、塾の送迎とかお母様同士の付き合いもあったりととても疲れている時には、井戸端会議の立ち話も辛いです。毎日6時に起きてから、戦争の日々です。

2人の娘を起こして、学校の用意をさせて朝食を食べさせて、お弁当作りをしてから自分のお仕事に行き、あっという間に過ぎていきます。ひとりで父親役、母親役と1人2役やるのはとても大変です。

一戸建ての宅配ボックス

今日は下の子のサッカークラブの送迎がありました。いまは女の子もサッカーをやるのは女子サッカーの、大和なでしのの影響なのか、時代ですね。サッカーは、やはりお父さんが送りに来るご家族が多いです。

我が家の娘は、親が私であれ、父親であれ、お構いなくキラキラした目で、サッカーに夢中になっています。

毎日忙しくて、仕事が休みの日はぼーっとしていたいけれども疲れていても、子供のこの姿を見ると疲れも吹っ飛びます。

今日は家の模様替えをしました。冷蔵庫はとても重いです。こんな時にいつも思うのは、男手があれば、大きな家具も、冷蔵庫も、簡単に動かしてくれるということです。

ですが、家には男が1人もいません。なので上の娘の手を借りて、ますばいらないものをたくさん捨てたり、ゴミが出るわでるわで、まさに断捨離の1日です。

下の子も手伝ってくれて、女3人で力を合わせて、1日がかりで模様替えと整理整頓をしたら夜にはまるで違う部屋みたいになりました。