シングルマザーになった日

天気はよく、もうすぐ桜が咲く

そんな季節、朝早くに電話が鳴った

電話に出ると、主人が入院している病院からだった

「急いできてください」

それだけだった。

子供3人を起こして自転車で病院に向かう

子供たちも黙って準備してた

一番下の子だけが幼かったから

急いで服を着せて自転車の子供用の椅子に座らせた

走っていくと

途中の信号がすべて青に変わった。

6つの信号がすべて青になった

自転車で20分

お父さんが呼んでる

そうとしか思えなかった

病院について。病室に向かうと

個室に移されていた

しかし、そこにいたのは自分では呼吸もできない主人だった

お医者さんが心臓マッサージで生かしてくれていた

もう、目も見えていなかっただろう

そばによって、主人の手を取ると

その手は冷たさと硬さを感じた

上の二人は茫然と見ていた

一番下の子をそばに連れてくると

最後の力だったのだろう

ゆっくりと子供の方を見た

見えたのか、見えなかったのかはわからないが

また、天井を見ると

ひとすじ涙を流して生涯をとじた

あれから10年が経ち

子供たちも成長して上の二人は社会人になり

幼稚園だった子は高校生になった

この10年あっという間に過ぎていった

子供の入学では入学準備で銀行やら役所やら駆け回った

自分もガンになったりもした

そんな中で子供と助け合いながら生きてきた

高校もそれぞれ行きたいところへ入り

公立だったからお金もかからなかった

唯一、専門学校に入るときくらいだっただろうか

娘の成人式も娘が自分の奨学金で払ってくれた

そんな自分の力のなさが情けなくて申し訳ない気持ちばかりだった

自分などいない方が子供は幸せなんじゃないのだろうか

そんな風にまで思った時期もあった

それでも、私のことを考えてくれる子供たち

主人の教えがきちんと根付いているのだろうと思う

素晴らしい子供たちを授けてくれた、亡き夫に感謝

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