シングルマザーでお店をつぎました。

シングルマザーになって、数年間がたちました。もともと、実家が酒屋を経営していたため、結婚していたあいだは、地元をはなれて、都会にとついでおりましたが、離婚して、シングルマザーになってからは、実家にかえりました。埼玉県のシロアリ駆除

両親が、高齢のため、実家の酒屋の社長は、わたしがつぐことに、なりました。女経営しゃとして、お店をきりもりさはなければ、ならなくなりましたが、なにせ、従業員がわたしひとりだけでした。

子供を二人育てているため、常に、お店にいれるわけではなく、ほかに働いてくれるかたがひつようでした。兄弟はおらず、わたしは、ひとりっこです。そのため、お金の売り上げの計算など、経理をしてくださるかたをさがし、求人をだすことにしました。

求人をだしてから、何人か面接にきました。結局、採用枠として、検討した女性が、わたしと同い年のかたでした。わたしは、そのかたを採用いたしました。

仕事ないようは、販売兼経理です。わたしと同い年のかたが働きにきてくださることになり、とてもうれしかったです。そのかたがお店に働きくることなってからは、ひとりでお店をきりもりすることがなくなったため、わたし自身が楽になりましたし、はなし相手もできたので、明るい職場になりました。

結局、そのかたには、5年間、働いていただきました。五年間も、お店にいたので、家族とまではいかないけれど、従業員でしたが、友人のような、ふしぎな存在になりました。

プライベートにおいても、息子2人と、彼女をつれて、おでかけすることがよくありました。息子2人はまだ、3歳と4歳で、ちいさいですが、彼女には、かなりなついていてくれているため、わたし自身も安心できました。5年たち、お店をやめることになりましたが、今でも、友人です。

子どもの進路にむけての準備

結婚してすぐに、意外と浪費タイプの人かも。

と、相手に対し感じていました。
そのようなとき、妊娠がわかり何となく、これからの将来設計を立てなくては。と、思い立ったのが、きっかけでした。
相手とは一回りと一歩の年齢差がありましたので、結婚当初は自分と同い年とは異なり多少金銭的に、生活していくには余裕がありました。
ただ妊娠がわかった途端に、私の方が急に現実に目がむき、将来に対し経済的に不安を感じました。

自転車売却

妊娠後身の回りを見直し、結婚前に(舅夫婦と同居の為)相手が数年前に戸建てを購入していた家のローン。確認したところ、多額のローンを組んでおり、定年後も10年以上払う予定となっていた事。
姿形のない、物のローン。
前の車のローン。等々、多額のローンが判明。
まずは本人にこれからの子育てに、必要だからと小さなローンを、片づけるよう生活の見直しを徹底しました。
それでも長年の浪費グセが直るはずもなく、私が子どもの為と腹をくくり、給料から天引きされるよう、学資保険に加入しました。
後にこれが、大きな存在となりました。

学資保険を始めてすぐに、相手からお小遣いが足りない。飲み代が欲しい、
等々相変わらずの金銭感覚。
懲りないだろうと始めた、学資保険の天引き通帳を見せ納得させました。
その後離婚し、子ども名義だった為守られたお金になりました。
この教訓と、私の母からの子どもが小学生のうちに、片手分貯めるつもりで生活するようにと、アドバイスされました。
実際片手までは、貯まりませんでしたが近くまで頑張りました。小学生のうちは塾も無理せずに、でも通わせ基礎学力をしっかりとつけておくと、子どもの進路にも広がります。
学費は本当に一瞬で、消えてしまいます。
少々無理をしても、しっかりと貯める事をお薦めします。

シングルマザー2人の娘がいます。

シングルマザーは、仕事、家事、子供の学校の行事や、子供のスポーツのクラブの送迎や、塾の送迎とかお母様同士の付き合いもあったりととても疲れている時には、井戸端会議の立ち話も辛いです。毎日6時に起きてから、戦争の日々です。

2人の娘を起こして、学校の用意をさせて朝食を食べさせて、お弁当作りをしてから自分のお仕事に行き、あっという間に過ぎていきます。ひとりで父親役、母親役と1人2役やるのはとても大変です。

一戸建ての宅配ボックス

今日は下の子のサッカークラブの送迎がありました。いまは女の子もサッカーをやるのは女子サッカーの、大和なでしのの影響なのか、時代ですね。サッカーは、やはりお父さんが送りに来るご家族が多いです。

我が家の娘は、親が私であれ、父親であれ、お構いなくキラキラした目で、サッカーに夢中になっています。

毎日忙しくて、仕事が休みの日はぼーっとしていたいけれども疲れていても、子供のこの姿を見ると疲れも吹っ飛びます。

今日は家の模様替えをしました。冷蔵庫はとても重いです。こんな時にいつも思うのは、男手があれば、大きな家具も、冷蔵庫も、簡単に動かしてくれるということです。

ですが、家には男が1人もいません。なので上の娘の手を借りて、ますばいらないものをたくさん捨てたり、ゴミが出るわでるわで、まさに断捨離の1日です。

下の子も手伝ってくれて、女3人で力を合わせて、1日がかりで模様替えと整理整頓をしたら夜にはまるで違う部屋みたいになりました。

シングルマザーになった日

天気はよく、もうすぐ桜が咲く

そんな季節、朝早くに電話が鳴った

電話に出ると、主人が入院している病院からだった

「急いできてください」

それだけだった。

子供3人を起こして自転車で病院に向かう

子供たちも黙って準備してた

一番下の子だけが幼かったから

急いで服を着せて自転車の子供用の椅子に座らせた

走っていくと

途中の信号がすべて青に変わった。

6つの信号がすべて青になった

自転車で20分

お父さんが呼んでる

そうとしか思えなかった

病院について。病室に向かうと

個室に移されていた

しかし、そこにいたのは自分では呼吸もできない主人だった

お医者さんが心臓マッサージで生かしてくれていた

もう、目も見えていなかっただろう

そばによって、主人の手を取ると

その手は冷たさと硬さを感じた

上の二人は茫然と見ていた

一番下の子をそばに連れてくると

最後の力だったのだろう

ゆっくりと子供の方を見た

見えたのか、見えなかったのかはわからないが

また、天井を見ると

ひとすじ涙を流して生涯をとじた

あれから10年が経ち

子供たちも成長して上の二人は社会人になり

幼稚園だった子は高校生になった

この10年あっという間に過ぎていった

子供の入学では入学準備で銀行やら役所やら駆け回った

自分もガンになったりもした

そんな中で子供と助け合いながら生きてきた

高校もそれぞれ行きたいところへ入り

公立だったからお金もかからなかった

唯一、専門学校に入るときくらいだっただろうか

娘の成人式も娘が自分の奨学金で払ってくれた

そんな自分の力のなさが情けなくて申し訳ない気持ちばかりだった

自分などいない方が子供は幸せなんじゃないのだろうか

そんな風にまで思った時期もあった

それでも、私のことを考えてくれる子供たち

主人の教えがきちんと根付いているのだろうと思う

素晴らしい子供たちを授けてくれた、亡き夫に感謝

埼玉県のリフォーム

シングルマザーの保育園探しの大変さ

知り合いに最近保育園に通わせようとしているシングルマザーの人がいるのですが、最近言われているように保育園が中々入りにくくこちらも大変だと聞きます。

私も少し調べてみたのですが、良い保育園は人気があるのかすぐに埋まってしまい、仕事をわざわざ休んで並んだりしなければならなくて辛そうです。

でも保育園に通わせないと家の中にずっと置いておくというのも無理ですし、親類や知り合いも遠くに住んでいて何より仕事で忙しい。

面倒を見れる人が近くにいないのは更に厳しい状況です。
そうして調べて行って、最後に少し遠くにあった保育園が空いていたのでそこに仕方ないので入れる事にしたそうです。
仕事帰りが少し遠回りになってしまうが仕方ない。と苦笑してましたが、一応見つかってこちらもホッとしました。
保育園の問題は幼児を持つ親からしたら本当に切羽詰まった問題である事を知り合いである私も痛感しました。

こんな事案は都心部だけなのでしょうが、それでも都心に出ないと仕事やいろんな面で不便に感じるので仕方ない事と思います。

地方や郊外を住みやすくするか都心を住みやすくするか。の話なのでしょう。
私はまだその辺り他人事と思っていましたが、こうして知り合いにシングルマザーの人や子供を持つ親がいると他人事でも無いなと感じます。

シングルマザーの人は特に1人で育てて行かないといけないので、何かあれば出来る事なら支えてやりたいです。
子供はどんどん成長していきますし、その過程で色んな問題が起こると思いますけど、1人で抱え込まずに親戚や友達、他にも色んな人に相談出来るならどんどんして見ると良いです。

するとこうしてすぐ保育園も見つかりますし、解決する方法は沢山あるはずです。
もっと親御さんを支えるシステムや、人々の繋がりが必要と思いますね。